霞が関へ送り込まれてからの逃亡

主人の友人は、佐賀県出身で、大分の農林水産省の出先機関に勤務していました。
でも、出先機関の仕事量が減っていき、人員削減の一環で、友人は農林水産省に勤務することになりました。

主人とは出身大学が同じでとても気が合い、仲良くしていただいていました。彼はのんびりした性格で、どうしても東京のゴチャゴチャした感じや、省の激務に慣れることは出来ず、実家に帰りたい、と、よく言っていました。

霞が関勤務になって5年、30歳を前にして、彼は辞職しました。次の仕事の当ては何もなかったようですが、我慢の限界だったようです。

実家のある佐賀に帰り、社会保険事務所でアルバイトをしていましたが、そこの営業先で太陽光発電の会社にスカウトされ、今はそこで働いているそうです。社会保険事務所にいた頃、良い出会いがあったそうで、パパにもなりました。

今はやりがいのある仕事に巡り合い、楽しく仕事ができているようです。逃げるように辞めた官僚も、あの時代があったからこそ頑張れることがたくさんあるそうで、決して無駄ではなかったようです。

いつも疲れたような感じの友人でしたが、今はとても元気で、夫婦でほっとしています♪

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